最高裁判所第二小法廷 昭和58年(行ツ)30号 判決 1986年7月18日
大分市長浜町三丁目六番三号
上告人
葛城啓三
右訴訟代理人弁護士
臼杵勉
内田健
大分市中島西一丁目一番三二号
被上告人
大分税務署長
佐藤貴士
右指定代理人
東清
右当事者間の福岡高等裁判所昭和五五年(行コ)第七号、第一一号各課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五七年一二月一三日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人臼杵勉、同内田健の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解せず若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島谷六郎 裁判官 牧圭次 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一)
(昭和五八年(行ツ)第三〇号 上告人 葛城啓三)
上告代理人臼杵勉、同内田健の上告理由
第一 原判決は、本件湯布院町米山の土地について、上告人が「荒尾政英」の仮名を使用して、地主である米山六一人持台代表者高田武から昭和三九年八月一三日に代金六六〇万円で買受け、これを同年九月二五日明治開発株式会社に代金八四〇万円で売却した旨認定した。
上告人は、本件米山の土地の取引について、関与したことはなく「荒尾政英」が上告人ではない。
従つて、右転売による所得は、旧所得税法第九条一項の上告人の事業所得として上告人に属しない旨主張し立証した。
一 これに対し、原判決は、次の点をあげて、上告人は「荒尾政英」である旨判断した。
(一) 「荒尾政英」と前記代表者高田武の昭和三九年八月一三日付契約書によると代金は六六〇万円であり、その支払方法が八月一三日手付金八〇万、同月一五日頃までに中間金二五〇万円、同年一〇月一五日までに残金三三〇万円となつているところ、右代金を受領し保管することを目的として開設された、湯布院町農協の普通預金口座(前記代表者高田武と明治開発別府営業所長玉井栄次郎の共同名義)に、
三九年 八月 四日 八〇万円(但し小切手)
同 年 月一五日 一〇〇万円
同 年 月一八日 一五〇万円
同 年一〇月一〇日 二〇万円
同 年 月三〇日 三三〇万円
が入金された。
(二) 右入金となつた代金のうち、右八月一五日、八月一八日受領分に対応して同額が上告人の大分銀行別府北浜支店の普通預金から払出されていること。
同年一〇月三〇日受領の三三〇万円は、明治開発振出小切手によつて支払われたが、米山の土地はすでに九月二五日「荒尾政英」から明治開発に転売されており、その時点では、「荒尾政英」は米山の土地の売主に対し残金三三〇万円が未払いとなつていたのであるから、明治開発が直接同地の売主に残金三三〇万円を支払つたものと考えて不合理はないこと、
(三) 「荒尾政英」と前記営業所長玉井栄次郎の昭和三九年九月二五日付売買契約書によると本件土地代金は八四〇万円であり、その支払方法が昭和三九年九月二五日手付金二〇〇万円但し右手付金は一〇月一六日に支払つても双方とも異議はない。
一一月二五日までに残金六四〇万円となつているところ、昭和三九年一〇月一六日以降明治開発別府営業所および親会社である明治不動産大分から次のとおり八四〇万円が支払われた。
(イ) 一〇月一五日明治開発から金額二〇〇万円の小切手が振出され、右小切手は湯布院町農協組合長溝口仗が湯布院町ユム田の土地代金の一部として受領し、ユム田の土地の売主の一人である高田隆彦の貯金に入金された。
右二〇〇万円はユム田の土地代金の支払義務者が上告人であり、米山の土地代金の手付金を支払うかわりに上告人の支払うべきユム田の土地代金の一部二〇〇万円を支払つたものと考える余地のあること。
(ロ) 同月三〇日明治開発から金額三三〇万円の小切手が振出された。
右小切手は高田武、玉井栄次郎名義の前記貯金に入金された。
(ハ) 同年一二月二九日明治不動産から金額五〇万円の小切手が振出された。
右小切手は「荒尾政英」が受け取り、同人の入金となつた。
(ニ) 同月三〇日明治不動産から現金五〇万円の支払いがなされ、同月三一日明治不動産から現金一一万三四〇〇万円の支払いがなされた。
(ホ) 昭和四〇年一二月二三日明治不動産から金額一〇〇万円の小切手が振出された。
右小切手は「荒尾政英」が受け取り、同人の入金となつた。
(ヘ) 同年一月三〇日五〇万円、同年二月二七日三二万円、同年二月二七日一六万六六〇〇円がいずれも明治不動産から現金で支払われた。
二 右の点について、まず地主である代表者高田武に対する代金の支払いについて、原判決の認定のように、上告人の大分銀行別府北浜支店の預金口座から昭和三九年八月一五日一〇〇万円同月一八日に一五〇万円が払戻されている。
しかし、右払戻しにかかる現金が、前記湯布院町農協の共同名義の貯金口座にその日に入金となつたと認める証拠はない。
却つて、成立に争いのない乙第一四〇号証によれば、上告人名義の普通預金からの払戻しは、八月一五日、八月一八日両日とも「締後」の払戻しであつて、その日のうちに湯布院町の農協口座に現金で入金することは常識的に不可能である。
しかも、右普通預金口座からの払戻しは、右のほか八月中だけでも八月三日五六万円、同日四二万円、八月二〇日一三〇万円、八月二一日八七万円、八月三一日三〇〇万円、同日九二万円があるのであつて、原審の認定のように、たまたま代金の入金日に上告人が他の銀行で現金の払戻しが行われたから上告人が支払つたのだとするのは、合理的説得力を欠いた恣意的判断にすぎる。
また、原審の認定した八月四日入金の八〇万円(但し小切手)について、上告人が支払つたものか否かについて、原審はまつたく認定していない。
勿論右八〇万円の小切手が原告振出小切手か否かも全く立証されていない。
前記売買契約書によると、手付金八〇万円に該当するものが右八〇万円(但し小切手)であろうが、売買代金の手付金を誰が支払つたのかは、売買契約の当事者を判断するにあたつて重大な事項といわなければならないし、中間金の二五〇万円の支払いも上告人の預金の払戻し金では、その日のうちに入金する可能性がないのであるから、本件米山の土地の買主が上告人ではないと認定される可能性もあつた。
さらに、一〇月三〇日に入金された三三〇万円は、明治開発別府営業所長玉井栄次郎振出しの額面三三〇万円の小切手が同人の名義で裏書換金されたうえで、現金で共同名義の貯金でなされた。
しかし、上告人は、右三三〇万円には全く関与していない。
そして、翻つて考えてみると、米山六一人持の地主高田武らは、本件土地代金を受領するために前記農協に普通預金口座を開設したが、その口座名義は、
米山六一人持代表 高田武
玉井栄次郎
の共同名義となつている。
そして、原判決認定のように、上告人が「荒尾政英」の名を使つて本来米山の土地を取得したのだとすると、その代金受け入れの口座を何故明治開発別府営業所長である玉井栄次郎名義にしたのが合理的説明ができないし、全拠を検討してもこれを明らかにする資料はない。
上告人は、本来米山の土地は、不動産の仕入れ担当部ともいうべき明治開発別府営業所の玉井所長らが「荒尾政英」の氏名を使用して高田武ら地主との間で売買契約を締結して代金六六〇万円で取得し、これを不動産販売部ともいうべき親会社の明治不動産に、昭和三九年九月二八日に代金一七、三二六、八〇〇円で売却した(乙第二三号証、同第四一号証の各末尾記載)、いわば土地転がしであると主張し立証した。
右土地転がしに際して、地主からの取得価格六六〇万円に二二〇万円を上乗せして、明治開発別府営業所が利鞘を稼いだのだとする同会社の従業員である証人手島康弘、同角和哉の証言は、きわめて合理性があり信用性が高い。
原判決は、地主に対する土地代金残金三三〇万円の支払いのため振出された明治開発の小切手が、同所長玉井栄次郎によつて換金され、前記共同名義の貯金口座に入金されたことについて、前記のとおり、「上告人にかわつて明治開発が直接支払つたものと考えて不合理な点はない」としているが、「明治開発が地主から直接買い受けたのだから、明治開発が直接支払つたのだ」との認定も可能であつたはずである。
三 次に、本件土地代金として原判決は、前記のとおり、明治開発別府営業所および明治不動産大分支店から八四〇万円が支払われている旨認定している。
しかし、原判決の認定でも、右金員が上告人に支払われたか否かについては不明なものが多い。
原判決の摘示する右支払いのうち明治不動産の支払いについては、ただ証拠上確定できるのは、明治不動産に右出金の事実があるという事実だけである。
そして、明治開発別府営業所は、明治不動産が支払つた日(昭和三九年一二月二九日からの支払い)より以前の昭和三九年九月二八日に本件米山の土地を代金一七、三二六、八〇〇円で明治不動産に転売しているのであるから、明治不動産の右支払いは特段の事情がないかぎり、明治開発に対するものと推認できるのである。
因みに第一審判決では、右明治不動産の現金での右支払いについては、受領者は不明としている。
四 このように原判決が、本件米山の土地の売買契約の当事者が誰であるのかを確定するのに重大な要素となるべき「土地代金」の受領者、支払者が誰であるかについて事実関係を確定することなく本件転売による所得が上告人に帰属するとして、上告人の主張を排斥したことは、旧所得税法第九条一項の解釈を誤り、ひいては審理不尽の違法を犯したものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
第二 販売用資産の購入に要した負債利子の判断について
原判決は、上告人が主張していた「販売用資産の購入に要した借入金利息を取得価格に含める会計処理を選択したとしても、それを所得税法上敢えて否認しなければならないとする根拠はない」とする第一審判決を維持する判断を示した(一審判決書五七枚目裏から六〇枚目表)。
そして、上告人は、藤野実から買い受けた別府市亀川天神池二一六四番地ほか五件の土地は、いずれも買受代金は借入金によつて支払つたものであるので、支払いの日から昭和三八年一二月三一日まで、右支払いに対する日歩二・八銭の割合により計算した利息を土地の取得価格として加えるべきであると主張した。
これに対し、原判決は、「前記各土地が果して借入金によつて取得されたものであるかどうかについても、これを確認するに足りる的確な証拠は存在しない」としている。
しかるに、乙第三八号証の一、二の昭和三八年分所得税の裁決書によれば、上告人が取得した土地代金はすべて借入金によつて支払われていることが明らかである。
しかも、原判決は、上告人が昭和三九年に売却した他の土地すなわち、原判決が事業用資産の販売であると認定した別府市南石垣字永田ほか三件の土地(一審判決書被告別表三の(1)ないし(4)の土地)については、
上告人は借入金を借金として右各土地を買つたものである。
と認定している。
しかし、右南石垣等の土地についても、原判決がいうように、
その取得のためどれだけの金額を、いつ誰からどのような条件で借入れし、それをどの土地の所得に用いたものであるか明らかにされていないのである。
原判決は、上告人の主張を排斥するため、同じ年度に売却した土地について、証拠上は全く同一資料であるのに一方では、土地代金はすべて借入金で購入したと認定し、他方では、土地代金は借入金によつたものかどうか不明であるときわめて恣意的判断を行なつた。
原判決は、この点において、理由齟齬ないし理由不備の違法がある。
第三 租税法律関係と信義則について
上告人は、原審の昭和五七年九月一三日の口頭弁論において、租税法律関係についても、信義則が適用されるべきであり、被上告人の本件譲渡所得に関する栗木セイの土地についての主張は信義則に反し許されない旨主張した。
すなわち、右栗木セイの土地は、昭和三九年分所得税の大分税務署長の更正および異議申立に対する決定では、上告人の「たな卸資産」ではなく、上告人の相続財産の収用に伴う代替資産として取得されたものとして、その収容対価補償金には譲渡所得が課税されなかつた。
しかも、熊本国税局長の右三九年分所得税の裁決でも右収容対価補償金については譲渡所得が課税されず、右栗木セイの土地については上告人の相続財産の収容による代替資産であつて、「たな卸資産」でないことは税務上確定していた。
そして、被上告人も第一審第一〇回準備書面を陳述するまでは、右収容対価補償金は代替資産(すなわち栗木セイの土地)を取得したことを理由に譲渡収入として課税対象にならないことを自認していたのである。
ところが、上告人が取得した右栗木セイの土地を昭和四一年に転売したとき被上告人は、昭和四一年分の更正の際に右土地は代替資産ではなく、従つてたな卸資産であるとして同土地の譲渡収入を事業所得として課税した。
そのため、被上告人は、昭和三九年分の譲渡所得についても、上告人の相続財産の建設省の収容土地の対価補償金九九三、四八〇円を譲渡所得として計算すべきであるとその主張を変更したのである。
上告人は、このような主張の変更は、信義則に反し許されないと主張した。
しかし、原判決は、上告人の右主張については、全く判断を示していない。
租税法律関係について、信義則の適用があり得ることは、最高裁判所昭和五三年七月一八日判決(訟務月報二四巻一二号二六九六頁)も判示しているとおりである。
原判決には、上告人の信義則違反の主張について全く事実摘示をせず、判断をしなかつた重大な瑕庇があり、その違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
第四 以上の理由により上告した次第である。
以上